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開発業者勤務(東京・仙台) → 四国松山へUターン。建築・都市・街・不動産・観光などに関するメモ。

村上徹・比治山本町のアトリエ―「広島風」建築を思う

「比治山本町のアトリエ」(設計:村上徹、1999年)を訪れた。比治山の足もとに構えられた、建築家・村上徹のアトリエである。広島に行くたびに訪れているので、恐らく5回目になるだろう。 コンクリートの箱の内部は、少ない部材で納められた純粋な空間が広…

スターハウスについて−松山市・東石井県営住宅

松山市内から国道33号線を南下し、伊丹十三記念館(参考)から川沿いを上流に少し入った辺りの住宅地に、東石井県営住宅がある。私の通っていた小学校の学区内にあり、「団地」といえばここの県営住宅を指した。 なんてことのない団地だが、団地マニアの間で…

キクノ本社ビル/松村正恒

友人の結婚式のため松山に帰省していた。 * ここのところ帰省のたびに故・松村正恒(-まさつね)の建築を訪れている。松村は1960年の『文藝春秋』の特集「建築家ベストテン」で丹下、前川、村野らとともに名を連ねた建築家だ。松村の代表作といえば日土小学…

長谷川逸子と松山−徳丸小児科

長谷川逸子と四国松山との関係が、長谷川のデビュー以来細々と、しかし30年近くにわたって続いていることに興味を抱いている。 長谷川逸子の名前が知られるようになったきっかけのひとつに、松山に建てられた「松山・桑原の住宅」(1980年)が挙げられるだろ…

三津駅、高浜駅という兄弟駅舎

松山には路面電車の軌道が敷かれていて、この軌道のある中心市街地の辺りを、松山に暮らす人は「街」と呼ぶ。街では、漱石の『坊っちゃん』の冒頭でマッチ箱のような、と揶揄された坊っちゃん列車が復刻され、この軌道を走ってもいる。この車輌を走らせる伊…

アートと都市と -横浜トリエンナーレ2008始まる

今日から横浜トリエンナーレ2008が始まった(-11月30日)。3年に一度のこのイベントだが、多数の会場で実施されることと、トリエンナーレに誘発されて様々なアートイベントが様々な場所で同時多発的に行われることに注目している。 こうした様々な場所で行わ…

松山・三津浜の建築の織り成す風景 −石崎汽船ほか

松山・三津浜をふらふら歩いた記録の続き。 松山の海の玄関口の一つ、三津浜(三津)には古い建物が比較的残っている。松山が空襲を受けた際、三津浜は戦災を受けなかったからだそうだ。前回触れた「三津駅」はそのような歴史を生き抜いてきた証人といえそう…

松山、港町の記憶−三津駅の取り壊し

松山に帰省して、松山の海の玄関口・三津浜を歩いてきた。 四国の一都市、松山と聞くと、海を想わせるものもあるかもしれない。しかし、現在の松山の町は城下町を下敷きにして発展してきた。そのため、海沿いはあくまでも松山市郊外のひとつのエリアとして認…

松山市 大街道商店街の空室状況

故郷の愛媛県・松山に少しだけ帰省した。 * 松山市の中心部、通称「街」に飲みに行くついでに、あらためてラフォーレ原宿・松山を拝む。この建物は今年1月に閉館した。今回訪れてみると、建物はまだ残っているが、もちろん中には入れない状況だった。 2008…

マッカーサー道路の落としたもの―虎ノ門NNビル

東京・虎ノ門に、槇文彦さんが設計した虎ノ門NNビルというビルがある。(設計:槇文彦、1981年) この建築の平面は五角形になっている。道路に対して、交差点に面する一部が大胆な隅切りになっているためである。 近くに寄ってみると、隅切りの部分は低層に…

横浜・寿町「ヨコハマホステルビレッジ」

横浜の寿町はいわゆる「ドヤ街」である。ここに、寿町のドヤ、簡易宿泊所をゲストハウスに変えてバックパッカーなどの旅行者を受け入れている「ヨコハマホステルビレッジ」がある。先月に2度ここへ宿泊し、さらに、ヨコハマホステルビレッジを立ち上げた建…

建築マップ ARCHITECTURAL Map、復活

3月末頃からドメイン切れ、というかドメインを奪われてしまいネットから消えてしまっていた『建築マップ』が、新たにドメインを取得し復旧*1。 平成10年10月から始まったこのサイトは今年でちょうど10年目。7年以上前から細々と参加している私自身にとってサ…

横浜インデックス

横浜に住み始めて2年ちょっと経つ。横浜とはいっても東横線沿線なので、東京なのか横浜なのかといった、一人暮らしをするには地域アイデンティティの確立があいまいになるエリアかもしれない。とはいえ上京してから目黒区や川崎に住んでいたときも東横線沿い…

藤森建築とインドについて(2)―ねむの木こども美術館 どんぐり

「ねむの木こども美術館 どんぐり」(設計:藤森照信+内田祥士、2006年)を訪れた。(訪問は先に紹介した「秋野不矩美術館」と前後する) 偉そうなことをいうと、上手くなったなあ、という印象である。これまでに藤森さんの建築をいくつか訪ねてきたが、私…

藤森建築とインドについて(1)―秋野不矩美術館

掛川から一路、浜松の秋野不矩美術館(設計:藤森照信+内田祥士、1997年)を目指す。 浜松市に合併された旧・天竜の町外れの丘の上にある、秋野不矩の作品を展示した美術館。スレートで葺いた屋根、RC壁の上塗りの土壁や焼杉板などの材料や仕上げはこれまで…

資生堂アートハウス 谷口吉生の美術館建築

資生堂アートハウス(設計:谷口吉生、高宮真介、1978年) 東海道新幹線の線路脇にある資生堂の美術館。出張などの折に新幹線から見ていていつも気にはなっていたのだが、ずっと足を延ばせないでいたのでこの機会に訪れることに。谷口吉生さんの美術館建築っ…

ヴィラフォンテーヌ六本木ANNEX(旧・六本木プリンスホテル)に泊まる

できるなら残業なんて1秒もしたくないのだが、帰れなくなったのでホテルに泊まる。職場からてくてく歩き、六本木のヴィラフォンテーヌ六本木ANNEXへ。こういう機会に一度泊まろうと思っていたので念願が叶ったわけだ。たまには降り積もる仕事にも感謝しよう。…

アリア・ディ・フィレンツェでの結婚式

3月の話。 * 友人の結婚式のため山梨・甲府へ。 とりあえず山梨文化会館を拝む。これについては以前書いたので割愛(参考)。 山梨文化会館の前に変な信玄像があった。発泡スチロールでつくられた信玄像。変なのと思いつつ写真を撮り、後で調べたらやはり作…

横浜うろうろ記(1)

横浜・関内あたりをうろうろした記録。何か書こうと思いつつ、まとまらなかったものをつらつらと。 石井和紘さんが設計した「同世代の橋」(1986年)。上から、相田武文さんと安藤忠雄さん。石山修武さんと伊東豊雄さん。象設計集団、長谷川逸子さんと高松伸…

ROUND ABOUT JOURNAL vol.3 特集「都市ビューティ革命」(2)

「ROUND ABOUT JOURNAL vol.3」について、前回(参考)の続き。以下の3つのインタビューについての感想。 勝矢武之「深層から建築家の立場を考える」 伊藤暁「『キティちゃん』問題――複数の作家性が並列可能なプラットフォームをめざして」 g86「冷静と情熱…

ROUND ABOUT JOURNAL vol.3 特集「都市ビューティ革命」(1)

藤村龍至さんから「ROUND ABOUT JOURNAL vol.3」を大量に送っていただいた。この「RAJ」はいわゆる建築フリーペーパー。若手建築家をはじめとした様々な分野の方のインタビュー等が掲載されている。藤村さんはこの活動を「部活動ノリ」というが、フリーペー…

長谷川逸子「松山・桑原の住宅」

松山・桑原の住宅(設計:長谷川逸子、1980年) 愛媛県松山市の郊外住宅地にある長谷川逸子さんが設計した住宅を訪れた。 松山には長谷川さんが設計した建築がいくつか残っている。徳丸小児科をはじめとした80年頃のものが多く、この「松山・桑原の住宅」も…

横濱媽祖廟とその裏の山下町公園について

松山のことはもう少し書きたいことがあるのだが、先週末に横浜・関内あたりをふらふらしたのでそのことでも。 * 春節だったこともあり、久々に横浜中華街に足を運び、横濱媽祖廟を訪れた。「媽祖」は東シナ海・南シナ海沿岸を中心に10世紀末に起こった、航…

久々に大阪・心斎橋へ

先日、雪の中を大阪出張。出張しても毎回梅田あたりで済んでしまうが、久々にミナミへ出向き、5年ぶりくらいに市営地下鉄に乗り心斎橋で降りる。 と、駅が!地味だがなかなか手の込んだデザインが施されていることに気付く(学生の頃は気付かなかった…)。ヴ…

のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲がかがやいているとすれば

松山の話はまだ続く。 坂の上の雲ミュージアム(設計:安藤忠雄、2006年)を訪れる。 正三角形プランの建築を訪れたのは多分初めて。三角形が用いられているのは平面のみならず、トップライトや、床や建物の外の歩道に敷かれた石までもが三角と徹底されてい…

伊丹十三記念館、宮本信子さん

伊丹十三記念館(設計:中村好文/レミングハウス、2007年)を訪れる。 詳細は「建築マップ」にアップしたので、ここでは訪れた際のエピソードなんかを綴ろうと思う。 建築マップ 伊丹十三記念館 http://www1.linkclub.or.jp/~ida-10/ehime02.html 今日あら…

城西自動車学校/松村正恒

松山市の中心からほど近くにある自動車教習所、城西自動車学校(じょうせい− 設計:松村正恒、1976年)を見学させていただく。 張り出した庇。先の日産プリンス愛媛販売、神山小学校*1などにみられるように「張り出す」というのは松村さんの建築の一つの特徴…

ラフォーレ原宿・松山の閉館とその後の行方について

松山市の中心部、大街道駅前にあるラフォーレ原宿・松山は待ち合わせスポットの一つで、とりわけ10−20代の若者にとっては松山の顔。そのファサードの改修*1を手がけたのが、アストリッド・クラインとマーク・ダイサムによるクラインダイサム・アーキテクツ(…

十五万石の城下かな

松山から横浜へ戻った。松山ではずっと雨に降られたが、家族と会ったり、旧友や知人との親交を暖めることができてなにより。(写真は松山空港の隣にある、帝人の松山工場)

日産プリンス愛媛販売/松村正恒

年末年始分の振替休日で松山に帰省。羽田空港第2ターミナルは拡張し、南ピアができていた。 * 日産プリンス愛媛販売(設計:松村正恒、1963年)をみる。 松村正恒(まさつね)はドコモモにも選出されている「日土小学校」を設計した建築家。1960年、『文藝…