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mezzanine

開発業者勤務(東京・仙台) → 四国松山へUターン。建築・都市・街・不動産・観光などに関するメモ。

飯野賢治とリアルサウンド

昨日、NHKの番組に飯野賢治さんが由香夫人と一緒に出ていた。飯野さんはゲーム「Dの食卓」、「エネミー・ゼロ」などを手がけたクリエイター。今はゲームからは遠ざかっていて何をやっているのかよく分からない(今はフロムイエロートゥオレンジ"fyto"を立ち上げIT関連の仕事をしているが、サイトもトップページに画像があるのみだ)。最後にゲームを作ったのが1999年(D2)だからはや5年も経とうとしているのに、NHKが取り上げるとは。そして気になって見てしまう自分。もうとっくに過去の人になっててもおかしくないのに、ネットをふらふらしているとまだ目にすることが多い。いまだに叩かれているのもそれはそれですごい。この圧倒的な存在感と求心力は単純にすごいと思う。人を集める宗教の教祖ってこんな感じなんだろうか。
今は全然ゲームをしないから今のことは分からないし当時のこともうろ覚えだけど、ゲームに作家性を打ち出したのって飯野さんなのかなぁ、と振り返ってみて思う。ゲームクリエイターが取り上げられるようになったのも飯野さんが出てきたあたりからじゃないかなぁ。
ところで、ふと思ったことを。「映像が無い」(つまりはじめから終わりまでずっと画面が真っ暗で、音だけでプレイする)ことで話題をよんだ「リアルサウンド」(1997年)というゲームがあった。当時を振り返れば、ゲーム業界はCG技術の成長期であり、そのストーリー性や面白さよりも画面の美醜が重視された時代だと位置づけることができるのでは、と私は考えているが(サターンはジャギーが出るとかPSのポリゴン数はどのくらい出るとかいう話題はこの頃盛んだった)、リアルサウンドにおいてストーリーだったり、また画面が無いことで場面を想像させるという「ゲームの『画像』以外の内容で楽しんでもらおう」というコンセプトを打ち出した点は、単純に、ゲームが画像の良し悪しだけで判断されるという状況への反動としてみることができるのではないだろうか。スクウェアなど大手メーカーが大量の開発資金を投入してキレイなCGをつくることに対する挑戦ともとれる。かつて70年代に、大手設計事務所の手で超高層ビルがどんどん建つ状況を「戦場」とし、コンクリートの壁で守られた「都市ゲリラ住居」をつくり住宅設計に挑戦し続けた安藤忠雄のように。
(もっとも、飯野さん自身も画像の良し悪しが問われるような状況に加担したわけだが。ちなみにリアルサウンドが発売された1997年はその画像の美しさで当時評判になったFF7の発売年と同じである。)
まぁ、当時高校に入りたてだった私には、リアルサウンドで繰り広げられるラブストーリーに感動をおぼえることができなかったわけだが。(今やると楽しいか?)
飯野さん、期待してます。(何を?)