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開発業者勤務(東京・仙台) → 四国松山へUターン。建築・都市・街・不動産・観光などに関するメモ。

鬼石多目的ホール

軽井沢の帰りに寄ってきた。

鬼石町(現・藤岡市)の多目的ホールのコンペが行われたときに学生だった私。コンペの内容が面白くて、結果が気になっていた。そうして採用されたのが、妹島さんの案。
確か、現地の木材を利用することが条件だったような気がするのだけど、多くの建築家が木質構造の可能性に挑んでいて刺激的だった。当時私は手塚貴晴+手塚由比さんの案(参考)がかなり良いと思っていて*1、実現したらすごい空間が現れたのかもしれないけど、実際に鬼石の多目的ホールに来てみると、手塚さんや他の建築家の案ではややスケールアウトしたものが多いように思えて、妹島さんの案が一等に選ばれたのは、その辺りの観点から腑に落ちるように思った(写真はコンペ案)。

妹島さんはコンペ時に「屋内広場」という概念について何かおっしゃっていたような記憶があるのだけど、その図面や模型を見てみると、屋内も屋外も等価に扱おうとしているのが良く分かる(外形を四角く切り取ったたプランからは、屋内も屋外もまとめて同じ建築あるいは環境として扱おうとする意図がみてとれるように思う)。実際に、各棟に囲まれたスペースはかなり面白そうだと思っていた。
そういう経緯もありこのコンペの経過には関心をもっていたので、鬼石町のホームページもたびたび見ていたのだけど、そのホームページで突然コンペ案とは異なるもの、つまり現在の案(参考)が現れたのには驚いた。
初めて現在の案のプランを見たときには、模型で見た局面のくねくねした感じが失われ、計画学的にも無難でありきたりなものになってしまったように思えて、友人とも「ありえないよねー」みたいな話で盛り上がったものだ。


思い出話が長くなったが、そうして大きな期待を失ってはいたものの、実際に訪れてみると、大きなボリュームを地下に設け、外壁面の全てが透明なガラスであり、視覚的に一体化する開放的な建築であることは継承されていたし、ガラスとガラスの間を歩いて建物の反対側に抜けたりするのは体験としてかなり面白かった。

素材の使い方もさすがで、仕上にしてもベニヤを天井にそのままはりつけていたり、地面や床もコンクリートを打設しただけといったかなり即物的なものなのだが、だからといってチープな感じがするわけではなく、それをもって純粋とでもいえるような強度を持っていたように思えた。そこに、どんな素材でも(値段が高くても安くても)建築や空間のある質をもたらす妹島さんの力量をみたような気がしてとても感心してしまった。

さて、ここまでは純粋な建築の話なのだけど、これを公共建築として捉えなおしてみるとどうか。
私が訪れたときには体育館(ホール)でフットサルをしていた市職員の話をうかがうことができたのだが、「この体育館、掘るだけで2億!」とおっしゃっていて、実際に2億かかったのかどうかは知らないけど、建築をぼーっと眺めていると、このあたりに住む人々の人口とか利用者数とかからはスケールアウトしているように思えてしまった(なにも大きさだけの問題ではない)。例えば「ボリュームを抑えるために掘った」ということのウラにも「景観上の配慮」みたいなのが税金を投下するためのロジックとしてまかり通ったんじゃないかとか邪推して、こう、なんだか、釈然としないものが残った。
しかし、再びコンペ時のことを思い出してみると、どの案もそれなりにお金がかかりそうなものばかりで、今になって思えば、コンペ前の計画段階から漠然とした計画だったのではないかと想像してしまう。
それでも、この多目的ホールの利用者や管理者が、私のような外来者に対して何か誇らしげな表情を見せていたのは印象的だったのだけれど。

ちなみに、ここに置かれているチェアは妹島さんのデザイン(参考 nextmaruni 12 chairs)。

*1:手塚案は構造としてはオーバーなのだろうが、訪れてみたい強烈な空間だと思った。ホールではなく、他の用途でも代替可能なように思う。