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開発業者勤務(東京・仙台) → 四国松山へUターン。建築・都市・街・不動産・観光などに関するメモ。

青森県立美術館 ―建築と表現について



コンペの結果を見たのがいつのことだったか定かではないが、青木淳さんの大規模な建築ができる、ということで当時から期待していた青森県立美術館。それから紙面やギャラリーで図面、スケッチや模型などをたびたび目にしてきたが、見るたびに混乱していたのがこの建築。私は何に混乱していたのか、それを確かめたくて訪れてはみたものの、訪れてまたさらに混乱した、というのが正直な感想。タタキやハンチクの上に白いボリュームが覆いかぶさって、その隙間も展示空間になる、と説明することでああそうなんだと納得できるような建築ではない、という感じ。
混乱し、手にとってみたGAにはこうあった。

「凄く強いルールや構成を持っているにも拘わらず、それ自体がテーマにならない状態」を如何に作り出せるかが、「青森」に関わった六年間で、ぼくたちの切実な問題になったのです。*1

青木さんはまた「その場が先回りしてはいけない」とも述べ*2、設計者の意図や恣意性を表に出すことを回避した姿勢を感じたが、これって凄く難しい問題だろうな、と思うと同時に、設計者への畏敬の念のようなものを抱いた。設計・計画するということは表現することと不可分であるはずで、それを乗り越えようという意思を感じたからだ。訪れて混乱したのは、建築の「構成」や「コンセプト」や「意味」、またあるいは、それらが無くてもうむを言わせない「空間」といった、自身が気付かないうちに体に染み付いたそうしたものを期待していたせいであり、現在つくられる建築にみられるはずのそれらを「青森」に見られなかったからなのだろう、と今になって思う。
なるほど設計者自身がが「構成」をテーマにすることを避けてきたのだから、混乱したのは当然ともいえる。これだけの規模のものをつくるために多くの人(やエライ人)を動かす必要があるプロジェクトの性質、言い換えるならば政治性のようなものを考えると、容易に回収できないはずの設計者の葛藤を想像し、いや、凄いなあと思ったのである。
その代わりにというと語弊があるが、ここでは作品を「つくる」側のことを考えたのだろうな、と思った。展示されたものが生きるための、また制作者が展示することを望むような空間をつくろうとしたのだろう。そのような立ち居地からすれば、タタキやハンチクの床や壁―しかもこれらは三内丸山遺跡の「トレンチ」から着想したという―は一歩間違えると建築家の恣意の固まりになりかねないと思うが、実際に訪れてみるとこれらの質感はとてもいい具合。展示空間としてホワイトキューブの白い壁に取って代わる可能性があるとすればコンクリート打放しの壁が挙げられるかもしれないが、コンクリートほど主張しないように感じられ、その着地点は絶妙。

ホワイトキューブは建築でいう機能主義(というかモダニズム)の代名詞のようなものだと思うが、美術館というプログラムにはそれが今もなお求められているようだ。しかし機能主義についてもう少し突っ込んでみると、美術館でいう機能主義、というのは、恐らく私たちのような「見る側」「訪れる側」を主語とした機能をいうものだったのだと思う。一筆書きの動線が何のために、また誰のために作られてきたのかを考えてみるとよい。
これと同じことは金沢21世紀美術館を訪れた際に感じたことでもあった。そのとき私は、機能主義の行き着く先、とか機能主義の変質、のようなことを考えたのだが、青森と金沢、このふたつを前提とすると、美術館という建築は、同じ機能主義でもその主語が「見る側」ではなく「作る側」へとシフトしてきた、といえるのではないだろうか。正確には、もちろん「見る側」のことも視野に入れているわけだが。

そう考えてみて残念だったことは、そうした設計者の意図から導かれたこの建築のルールのようなものが運営側と共有されていないように感じた点にある。すなわち、運営側は「これまで通りの機能主義」、あくまでも今までの「美術館」を前提としている。複数設けられたエントランスもいくつかは封鎖され、ある人によれば順路も強制されたという。私のときはそういうことはなかったが。
作る側や運営側のコミュニケーション不足なのか、また運営体制にも混乱がみられたそうだが(参考)、いずれにしても、その立場の相違によるちぐはぐな感じは否めなくて、金沢の場合はそのあたりがうまくいっているように感じたたこともあり、そのことが残念でならなかった。そうした運営や、またタタキやハンチクの空間がこれからどう変わっていくのか、それらの変化をまた見てみたいと思う。

*1:青木淳「構成や素材に顕れる意味の宙づり」, p.19, GA JAPAN82 9-10/2006, エーディーエー・エディタ・トーキョー, 2006

*2:青木淳 『原っぱと遊園地』 王国社, 2004など。