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開発業者勤務(東京・仙台) → 四国松山へUターン。建築・都市・街・不動産・観光などに関するメモ。

長野市とその周辺の建築−守屋第一ビルヂング 他

雑記 建築

長野で泊まった旅館の玄関の脇には長野の情報誌"KURA"のバックナンバーが置いてあった。長野の旅、寺などの特集が多く、長野版『男の隠れ家』といったところか。その一つで長野県内の建築特集が組まれており*1藤森照信らが長野県内の建築を紹介しているため、いくつかをピックアップし訪れることにした。


興味を持ったのは、長野駅のすぐ近く、タワーレコードの入るビルの隣に建つ守谷第一ビルヂング(IVYスクエア)。
この建築が60年代前半のものというのが興味深い。建物のすぐ裏の南千歳公園へと続く通り抜けの空間は、大都市と地方都市という違いはあるものの、市の中心部にある点で新宿の紀伊国屋ビル(設計:前川國男)(参考)の1階を思い出させる。両者が同じ頃の竣工(後者は1964年)であり、こうした試みがその後の槇文彦ヒルサイドテラス(1969年)の空間へと繋がるように捉えてもいいかもしれない。宮脇壇のデザインサーベイ、あるいは日本ではないがアレグザンダーのオレゴン大学の実験もこの頃であったはずだ。これらは、日本の都市が【メタボリズム】という大きな流れの中で、いわば「計画される対象」として捉えられていた時代の流れに対するものと位置付けられるのだろう。

低層部の屋根には瓦が使われていて、当時の周辺の様子を想起させる。

裏側から見ると増築され8階建てになっているのも分かる。植物が壁を埋め尽くせばこの建築は完成する、といったことも述べていたようだ。

内部のモリヤホール。

  • 奥社の茶屋(設計:隈研吾、2003年)

長野市を後にして、戸隠神社へ。
奥社への入り口にある蕎麦屋隈研吾の設計。


隈さんの建築によく見られる、地元の素材や伝統的な意匠を建築に取り込むスタイルは、先日訪れた藤森さんの建築ともある意味では似ているともいえる。しかし、出来上がるものは全く異なっている。

長野を後にし、高速道路で諏訪まで戻る。

村野藤吾晩年の作。八ヶ岳美術館は、この空撮やなんだか卑猥な(?)平面を見たときから一度訪れたいと思っていた美術館。空撮の連続ドームが強烈だが、訪れてみるとこんな感じ。

内部が紹介できないのが残念だが、ドームの天井はレースのカーテンで覆われ幻想的。村野のスケッチを見ると、この計画は周辺環境から想起したように思えるが、円形の空間(平面、断面)は展示物が彫刻という立体物であることから導かれているように思えた。絵画などの平面芸術は壁にかけて鑑賞するため、平面が円形では都合が悪い。しかし、それぞれのドームの中心点に置かれた彫刻作品は、周りから鑑賞することができる。それぞれの彫刻に居場所が与えられたような印象を受けた。

*1:ウェブサイトでも長野の建築家の特集を組んでいるのが興味深い。 http://www.country-press.co.jp/kura/kenchiku/index.html