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mezzanine

開発業者勤務(東京・仙台) → 四国松山へUターン。建築・都市・街・不動産・観光などに関するメモ。

のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲がかがやいているとすれば

建築 なもし


松山の話はまだ続く。
坂の上の雲ミュージアム(設計:安藤忠雄、2006年)を訪れる。
正三角形プランの建築を訪れたのは多分初めて。三角形が用いられているのは平面のみならず、トップライトや、床や建物の外の歩道に敷かれた石までもが三角と徹底されている。「三角」は、司馬遼太郎坂の上の雲」の主人公、秋山好古・真之兄弟と正岡子規という三人なのだろう、というのは安直だがまあそんなところではないだろうか。敷地の形状のせいでもあるだろうが、純粋であるがゆえに様々な想像を喚起するかたちではある。
内部は三角形という単純な外観とは裏腹に複雑な構成。三角形のホールや展示室、また建物自体を取り巻くスロープ、空中を突き抜ける階段など動的な仕掛けが用いられている。壁は天に向かって5度広がっていて、その天に向かって緩やかに上っていくというのは小説の時代精神の体現なのだろうか。形状と同じく安直ではあるが、こうしたことを考えさせるような詩的な表情を持つ建築というのは、考えてみると久々に見たような気がする。建築界に閉じた、時代や論理や話題性といったものを超越した表現ができる日本人建築家は、今、安藤忠雄だけかもしれない。巨匠の余裕、といったところだろうか。
この建築を「単純なかたちに複雑な内部」と単純に捉えなおしてみると、安藤さんが若い頃から大阪や神戸の商業建築で多く実践してきたものが思い出される。数十年に亘って評価され続けるっていうのはやっぱり、すごいことだと思う。

技術的には空中を走る階段が見所だろうか。15メートルほどのスパンを飛ばすのに用いられたのはプレストレストコンクリートだろう。階段の端を見るとPC鋼材が入っているのが分かる。*1
また、周囲との関連性を持たせたという意味でもこの建築を評価できるだろう。久松家別邸として建てられた洋館「萬翠荘(ばんすいそう)」への眺めやアプローチは、これまでにそれほど光を当てられなかった建築へと市民の目を向けさせたことだろう。こうして「外」から来た建築家によってでなければ「内」のことを知らなかった、ということであれば、それは恥ずべきことだと思う*2

と、ここまで話題を建築に話題を絞って精一杯褒めてみたが、既に様々に指摘されているような批判を感じたのは私も同様である。建てたことへの批判、というのは大いに結構であるし共感もできるが、この建築は「まちづくり」の中核施設として、松山の風土や歴史を再発見できるような建築を目指してつくられたはずだ。これを生かすのも殺すのも松山市民であり、あるいは私のような松山出身者に託されている。…となんだか熱っぽくなってしまったが、私にも何かできれば、とあらためて考えさせられた建築であり、出来事であった。

*1:でもこの辺は雑誌など未確認。詳しい人教えてください。

*2:余談だが、エントランスへのアプローチのスロープを渡る際に左側に見えるカラフルな建物は長谷川逸子の初期の作品「菅井内科」である。