キクノ本社ビル/松村正恒
友人の結婚式のため松山に帰省していた。
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ここのところ帰省のたびに故・松村正恒(-まさつね)の建築を訪れている。松村は1960年の『文藝春秋』の特集「建築家ベストテン」で丹下、前川、村野らとともに名を連ねた建築家だ。松村の代表作といえば日土小学校(docomomo20選の小学校)が挙げられるが、小学校をデザインしていたのは八幡浜市役所に籍をおいていた頃のことで、1960年に個人事務所を構えてからは事務所ビルなど様々な作品を手がけている。伊予鉄道大手町駅のすぐ近くに建つ「キクノ本社ビル」(旧・菊谷ビル、設計:松村正恒、1961年)はその独立後の最初期の作品のひとつだ。建てられて半世紀近く経つ建築だが、外から少し眺めただけでも、丁寧に使われている様子が見て取れる。
あらためて、先に挙げた『文藝春秋』の特集で紹介された建築家を並べてみよう。
建築を学んだ人ならどこかで一度は聞いたことのある名前のはずだが、恐らく、松村だけ知らない、という方が多いのではないか。名を掲げることを嫌った松村なので当然なのかもしれないが、私はどうもそうしたところに惹かれてしまう。
自分がつくる建築、そしてあってほしい建築というのは、何気ない美しさですよね。わざとらしくないのがいいというのと、それと滲み出て、心に染みるような、そういう建築であってほしい。[・・・]何気ない、本人もひとつ宣伝しよう、名を出そうと思ってない。だけど何ともいえないものがある。これ見てくれというようなのは、その瞬間はいいですけれどもね。嫌いなんですよ。*2
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その他、これまでに取り上げた建築は次のとおり。キクノ本社ビルも含め、庇や光のデザインに特徴があるようだ*3。松山の松村建築を見て回ると、日土小学校だけではない、八幡浜市役所時代のそれとはまた異なる松村の姿が見えてくる。