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開発業者勤務(東京・仙台) → 四国松山へUターン。建築・都市・街・不動産・観光などに関するメモ。

スターハウスについて−松山市・東石井県営住宅

松山市内から国道33号線を南下し、伊丹十三記念館参考)から川沿いを上流に少し入った辺りの住宅地に、東石井県営住宅がある。私の通っていた小学校の学区内にあり、「団地」といえばここの県営住宅を指した。

なんてことのない団地だが、団地マニアの間で「スターハウス」と呼ばれる特徴的な形式を持っている。スターハウスとはY字型の平面を持つ団地のことで、中心に階段室を置き、そこから3つの住戸が突き出すように配置されている。
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団地というと、南面に窓・ベランダが並び、東西に長い平面をもつものが思い出されるだろう。低コストで日本の南面信仰にも合致し、「超高層マンション」なんて無かった時代の最も合理的な形式といえるだろう。
戦後の団地の原点は昭和22年の都営高輪アパートであるそうで*1、昭和30年に日本住宅公団がスタートしてから、30年代は団地の全盛期となる。しかし、量的な要求の高まりとともに、昭和40年代には公団によるスターハウスは淘汰されるようになったという*2
そんな背景と希少性*3、それと風景にアクセントを与える形状。団地の中でもスターハウスが団地マニアから支持されるのも頷ける。
当時の団地は新しいライフスタイルを象徴し、庶民の羨望の的であった。そこに現れたスターハウスは名実ともにスターだったのだろう。そんな「スター」は生誕から壮年期・中年期を経て、今や高年期を迎えている。そうしたところで再び注目されている現象からは、やはり昭和30年代主義的*4な匂いを感じざるを得ないが、それでも興味深くとらえられた。

*1:『僕たちの大好きな団地』洋泉社、p.88

*2:この東石井県営住宅のスターハウスがいつ建てられたのかは調査不足により不明。

*3:団地研究チーム「プロジェクトD」によると、全国で500棟以上建てられたそうだが、それでも珍しい。

*4:参照:浅羽通明『昭和三十年代主義』幻冬社、2008年