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開発業者勤務(東京・仙台) → 四国松山へUターン。建築・都市・街・不動産・観光などに関するメモ。

『1995年以後』世代の建築家は世界をいかに切り開くか?

1995年以後~次世代建築家の語る建築

1995年以後~次世代建築家の語る建築


建築家の世代論 ―30代という意味


『1995年以後 次世代建築家の語る現代の都市と建築』(編著:藤村龍至 /TEAM ROUNDABOUT)は、1971年以降生まれの若手建築家・研究者ら32組へのインタビュー集である。インタビュアーは1976年生まれの建築家藤村龍至と、藤村を中心とする"TEAM ROUNDABOUT"のメンバー。建築関連のイベント「LIVE ROUNDABOUT JOURNAL」の企画、フリーペーパー「ROUNDABOUT JOURNAL」の出版と精力的に活動する彼らの初の書籍である。

ここで取り上げられた「1971年以降」の若手建築家・研究者らは、年齢的には大きく「30代」と括ることができる。建築界における世代論は様々に語られてきたが、建築家にとって「30代」には、特別な意味があるように思う。

例えば、1920−30年代生まれの槇文彦黒川紀章菊竹清訓らにとっての30代は1960年頃の「メタボリズム」の興りであり、1940年代生まれの伊東豊雄安藤忠雄長谷川逸子らは、1979年に槇文彦に「平和な時代の野武士達」と名付けられている。現在40代の西沢立衛アトリエ・ワン塚本由晴+貝島桃代)、みかんぐみ、手塚貴晴+由比ら1960年代生まれの建築家たち(の一部)は、彼らが30代であった2000年に、飯島洋一によって「フラット派」と呼ばれて批判を受け、これに対する議論が活発に行われた。
いずれも新世代があるまとまりとして世間に認知されるのが30代だが、以上のように見ると、新世代の登場とその移り変わりは、ちょうど1960年、2000年といったゼロ年度前後に、10年を周期として表れているように思える *1

とすれば、2010年前後、つまり今年あたりに1970年代生まれ(藤村のいう「1971年以降生まれ世代」)が頭角を現すという雑な予想が立つわけだが、それはあながち間違いでもないな、というのが実感だ。

年代(生) 30代 代表的建築家
1920〜30年代 1960年頃「メタボリズム 槇文彦大高正人菊竹清訓磯崎新黒川紀章
1940年代 1979年「野武士」 伊東豊雄安藤忠雄、毛綱毅曠、長谷川逸子、石井和紘、石山修武山本理顕
1950年代 1990年頃(バブル景気と崩壊) 隈研吾、竹山聖、團紀彦、坂茂青木淳妹島和世、大江匡
1960年代 2000年「ユニット派」 アトリエ・ワン塚本由晴+貝島桃代)、みかんぐみ西沢立衛、手塚貴晴+手塚由比、佐藤光彦、阿部仁史
1970年代 藤村龍至藤本壮介、平田晃久、…


思い出してみると、西沢立衛ら以降(1960年代生まれより後)の世代を括る試みはこれまでにも行われた。例えば2003年の『建築文化』の特集「U-35 のポテンシャル」ではアンダー35が取り上げられ*2、日経アーキテクチュアも2005年に同様の切り口で特集を組んでいる。それぞれに反響もあったようだ*3
そして、一昨年辺りから若手建築家の書籍のブームが起こっているが*4、藤村はそうした流れに応じるかのように、フリーペーパー「ROUNDABOUT JOURNAL」やイベント「LIVE ROUNDABOUT JOURNAL」を絶えず繰り出してきた。そして、ついに今回の『1995年以後』で30代建築家にとっての軸が定められたように思えてくる。

『1995年以後』の出版にあわせ、これだけの建築関連のブックレビューがウェブ上に一度に出現したのも、これまでで初めての現象ではないだろうか。これはウェブサイト"roundabout journal"上での藤村の呼びかけにブロガーらが応じたためであるが、これは、そのように仕組んだ藤村の狙いどおりだろう。本書の発売日である2月20日の翌々日にはレビュー10本が紹介されるという初動の速さも魅力的に映った。

「1995年以後」世代の建築家像


「1971 年以降生まれの若手建築家、研究者ら32組」へのインタビューを収めた本書は、これまでのアトリエ的建築家像の枠を押し広げ、また、領域横断的なあり方を模索しているように見て取れた。このような「若手」の特徴はこれまでにも様々に語られてきたが、あらためて本書から引用し紹介したい。

僕はこの仕事を始めた時から「建築家のすべき仕事」という線引きをあまり考えないことにしているんです。自分にできることはやるというスタンスでいるから、結果的に横断することになる。(長坂常:p.33)

基本は建築家としてものをつくりたいんだけど、単純にモノをデザインするのは誰でもできるよね。ただ、建築家の商売はあんまりいいものじゃない。でも建築家がプロポーズできることがもっとある。建築家がやれることを増やすために、デザインを超えてもっと何かやりたい。(白井宏昌:p.56)

いろんな分野でデザインできるようになってきて、すごく面白いですね。今やっているサッカーボールのデザインも、建築的というか、自分たちが考える思考でつくるとどうなるかなと、見てみたい気持ちで取り組んでいます。いろんな方向にいきたいですね。(トラフ(鈴野):pp.151-152)

僕らの職能(註:デザイン・エンジニア)自体は立ち上がってきたけれども、社会と接続するマーケットのポイントは今のところ商業空間しかないように見えます。だからみんな都市の中で商業系、広告系の流れと合流しながら、仕事をやっています。僕たちtEntは、もうちょっとローカルな街づくりの方面に、こういうテクノロジーや技術、表現を持ち込もうとしています。(田中浩也:p.255)

ランドスケープ」って本来、建築、都市、土木、プロダクトなど、あらゆる領域を自由に行き来できるものではないかと思うのです。(中央アーキ(坂下):p.324)

建築は、建って人目に触れる以上、嫌でも公共的な存在です。個人的なものが、どのような公共性を獲得できるか、どのように、社会と接続することができるのか、ということを考えます。(中央アーキ(松本):p.330)

こうした新世代の特徴は、10年前の30代と比較するとより明確に見えてくる。当時30代の建築家たち自らが行った展覧会(および出版物)「30代建築家30人による30の住宅地展」や、当時の30代を中心にインタビューを行った、青木淳『住宅論―12のダイアローグ(INAX出版,2000)』にみるように、当時の30代の共通項として取り出されたもののひとつが「住宅」だった。もちろん、クライン・ダイサム・アーキテクツやインテンショナリーズという「建築家」の枠に捉われないデザイナーの登場もあり、建築家の枠組みが押し広げられた世代だという点においては共通しているが、議論の軸になるのは例えば「表層」のデザインやマテリアルの違いであり、また都市に関しても、語られるのは都市計画的スケールやメガストラクチャーについてではなく住宅地の細かな差異であるように、身の周りの「日常性」に対してリアリティを感じていたように思う。それは藤村らの都市への眼差しとはやはり異なっているように思うし、システム論的方法論・作家論といった話題も新世代ならではのように思う。


住宅論―12のダイアローグ (10+1series)

住宅論―12のダイアローグ (10+1series)



アイデンティティをいかに布置するか


「建築」に携わる、あるいはこれから携わろうとする人々にとって、生々しい言い方をすれば「どうやって生きていくか」というのは切なる問いであるが、新たな世代のアイデンティティのありかたを示した本書は、脱中心化した今日の建築界における回答を提示しているといえる。そして、それら個々のアイデンティティが布置された空間は、私たちの生きようとする世界の枠組みを示す手がかりのひとつであることに違いない*5

そして、本書が暗に示しているのは、そのような世界で「あなたはあなた、わたしはわたし」といった、互いに無関心であることは戦略的にも通用しなくなっているということなのだろう(超戦略的に通用させる方法はあるかもしれないが、仮にそうだとしても、そのような態度は全体の関係性への依存なしには成立が困難だろう)。求められるのは、互いに譲歩することではなく、全体的なシステム(世界の枠組み)の中で互いの差異を相対化し、その中でいかに振る舞い、また協働していけばいいのかを考え、実行することなのだと思う。

そうした意味で、本書がインタビューという手段を採用したことは示唆的である。アイデンティティの異なる他者との矛盾を解決し、共同のシステムとして成立させるには対話(インタビュー)が不可欠であり、藤村のいう「議論」こそが求められるからである。

*1:なお、1950年代生まれの隈研吾、竹山聖らにとっての呼称が見つからないが、1990年頃というと、ちょうどバブル景気とその崩壊に重なる。

*2:ここでは『1995年以後』の勝矢武之、田中浩也らも取り上げられている。

*3:参考 建築文化シナジー http://kenchikubunka.com/bunka/main/u35/u35.cgi?no=houkoku

*4:例えば『JA(No.70,2008)』の特集「風景の解像力 - 30代建築家のオムニバス」やINAX出版の「現代建築家コンセプト・シリーズ」などが挙げられるだろう。この辺りの話はid:nordicmanの「新鋭建築家本まとめ」に詳しい。http://d.hatena.ne.jp/nordicman/20090223/1235391142

*5:藤村は「作家論を32個並べることで、作家のロールモデルを提示しているのかもしれません(p.393)」と述べている。