2016年、便所で読んだ16冊
便所で本を読むということ
新年早々に汚い話で恐縮だが、2015年の年末頃から「便所で本を読む」ということを続けている。便所で座っている間は読書の時間。2016年にこれを習慣化することを年間目標のひとつに定め、継続することができた。
一応、便所で本を読むことについては自分なりのルールを定めていて、それは
1.便所で読む。
2.一冊ずつ読む。
3.飛ばし読み・斜め読みをしない。
4.読んだ日などを記録する。
5.メモや感想を残す。
…というものなのだが、たとえ仕事などが忙しくても1ページでも本が読めるというのはなかなかよい。
2016年に読んだものを数えてみると、年間16冊。自身の仕事や活動のベースである建築・都市・まちづくり関連を中心に、網野善彦による歴史書、冨山和彦による経済書など。それら一年間で読んだものを記録して紹介したい。
2016年の便所本 16冊
1.レム・コールハース『S,M,L,XL+ 現代都市をめぐるエッセイ』
S,M,L,XL+: 現代都市をめぐるエッセイ (ちくま学芸文庫)
- 作者: レムコールハース,Rem Koolhaas,太田佳代子,渡辺佐智江
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2015/05/08
- メディア: 文庫
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世界的な建築家 レム・コールハースがブルース・マウと組んで送り出した大著『S,M,L,XL』(1995)に、「ジャンクスペース」などを加えた10篇を収録した都市論。
オシャレな店舗等、至る所で目にした巨大な『S,M,L,XL』の原著は物理的にも「ビッグネス」であり通読することすらできなかった。それが文庫という体裁で日本語にまとまることで、やっとレムの思考をたどることができたように思う。
それでも決して読みやすい内容ではなかったのだが、本書は都市に関する問題提起をまとめた上で、ベルリン・アトランタ・東京・シンガポール・ニューヨーク・モスクワなど、世界各地の都市を独特の観察眼で描いている。なかでもシンガポールの都市形成の過程を描く「シンガポール・ソングライン」は刺激的な内容で、東京におけるメタボリズムの実践が、そこから離れたシンガポールで新都市のプロトタイプ(シンガポール・モデル)として実現され、アジア各地に転移されようとしているという。
ポストモダニズムは建築運動ではない。それは新しいかたちのプロフェッショナリズムであり、建築教育であって、知識や文化を創り出すものではなく、能率化された新しい教義を用いて、新たな絶対性、新たな有効性を生み出す技術的な訓練方式なのである。「アトランタ」(p.225)
建物を分けるのが建築なら、建物をひとまとめにするのがエアコンだ 「ジャンクスペース」(p.326)
2.本田直之『脱東京』
ハワイと日本のデュアルライフを実践する著者による、移住に関する一冊。近年の移住の様子はこれまでの「固定」的な移住から、好きなときに好きな場所に移動しながら楽しく仕事をする、ライフスタイルをベースにした「あたらしい移住」に変わってきたという。
本書には、東京から各地域に移住した14名へのインタビューがまとめられている。建築・不動産関連では金沢R不動産 小津誠一さんによる話も。終章では、それらのインタビューを踏まえ、移住で成功するための必要な22のスキルを能力と思考に分けて述べている。
3.戸部良一 他『失敗の本質――日本軍の組織論的研究』
- 作者: 戸部良一,寺本義也,鎌田伸一,杉之尾孝生,村井友秀,野中郁次郎
- 出版社/メーカー: 中央公論社
- 発売日: 1991/08
- メディア: 文庫
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ミッドウェー作戦やガダルカナル作戦など、大東亜戦争における6つの作戦の失敗を、日本軍の「組織」としての失敗と捉え研究した一冊。現代組織にとっての教訓・反面教師としての活用をねらいとしているが、第二章で「戦略上の失敗要因分析」として挙げられた項目はまさに今日の(企業)組織の失敗要因としてとれるので挙げておきたい。
・あいまいな戦略目的
・短期決戦の戦略志向
・空気の支配
・狭くて進化のない戦略オプション
・アンバランスな戦闘技術体系
・人的ネットワーク偏重の組織構造
・学習を軽視した組織
・プロセスや動機を重視した評価
日本軍最大の失敗の本質は「特定の戦略原型に徹底的に適応しすぎて学習棄却ができず自己革新能力を失ってしまった」点にあるとし、組織が継続的に環境に適応するには、その変化に主体的に適合するように変化しなければならないと結論づける(=自己革新組織)。
それぞれの作戦について割かれたページによって、戦史としても理解できた。
4.冨山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』
なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略 (PHP新書)
- 作者: 冨山和彦
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2014/10/24
- メディア: Kindle版
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グローバルな経済圏 Gとローカルな経済圏 Lの経済特性は大きく異なる。日本の経済成長には、このGとLの両者を別のものと認識し、それぞれに異なるルールやメカニズムを考えていくべきではないか。それが著者の主張である。
東京か地方か。グローバルか「里山資本主義」か――著者はそのような二項対立・二者択一を否定し「どちらも必要」であると説く。
Gの世界は<製造業・大企業を中心としたグローバル経済圏>。市場は完全競争下にあり、GDPや雇用の3割を占める。グローバル経済圏で勝ち残るには、国内に世界水準の立地競争力と競争のルールを整えることが課題。規制緩和や法人税の引き下げも必要である。
Lの世界は<非製造業・中小企業を中心とした、基本的にはその場で消費される、労働集約型・対面型のローカル経済圏>。GDPや雇用の7割を占める。密度の経済性と種々の規制によって本当の意味で競争は起こっていないため、生産性が低くても生き残る。
しかし、今後は労働力不足がより深刻化するため、生産性を上げることが喫緊の課題であるという。Lの世界では”世界一”を目指すのではなく、市大会・県大会のチャンピオンを目指そう。集約化・コンパクトシティ化による社会コストの引き下げについても言及している。
5.冨山和彦、 経営共創基盤『ローカル企業復活のリアル・ノウハウ』
IGPI流 ローカル企業復活のリアル・ノウハウ (PHPビジネス新書)
- 作者: 冨山和彦,経営共創基盤
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2016/02/19
- メディア: 新書
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上述の『なぜローカル経済から日本はよみがえるのか』のうち、「L」――ローカルの世界での企業業績回復のノウハウを論じた一冊。
ローカル企業の多くは、改善への取り組みが容易でその効果が大きいという。特に、地道な取り組みの重要性が繰り返し論じられている。グローバル企業 に必要な差別化やオンリーワンの戦略とは異なり、やるべきことを棚卸しし、優先順位をつけ、確実に実行することが有効だという。
業種を問わずやるべきことや、業種別に企業特性を分析した上での改善事例、銀行との付き合い方など、様々な実体験に基づいた事例も参考になった。
6.岡崎直司 『まちづくりアーカイブズ えひめ南予の町並み事情』
近代化遺産活用アドバイザーであり愛媛の古建築・町並み保存に携わる岡崎直司さんによる愛媛新聞の連載記事をまとめた一冊。保内・八幡浜など愛媛県南予地方の古建築や町並みに関する内容が多くを占めている。
一般の方にも興味を惹くように建築や街を語るその語り口は、愛媛の建築や街への愛情があってこそだろうか。著者をはじめ様々な地域の人々が愛媛の建築や町並みを守ってきた、その経緯を振り返っている。ライフワークとして少しずつ重ねてきた地道な活動の様子が分かる。
・東中南予それぞれに鉄道史がある(別子鉱山鉄道、伊予鉄道、宇和島鉄道 等)
・肱川下流の3基の煉瓦製隧道は、山間地に多くの居住者がいて、住民の利便性や洪水を避ける意味でも山寄りの路線だった
・中央構造線から南側に三波川変成帯の銅山が分布している
…といった内容はメモとして残しておこう。
7.豊川斎赫『丹下健三――戦後日本の構想者』
建築家・丹下健三の足跡を、浅田孝から谷口吉生までの「丹下シューレ」の活動とともに辿った一冊。著者は『群像としての丹下研究室』(オーム社、2012)等でも丹下健三を取り巻く人々とともに戦後建築史について著してきたが、本書もそうした形で、丹下と丹下シューレについて、やや網羅的に紹介されている。
丹下健三に関する書籍は2013年の生誕100年を期に複数出版されたが、本書で特徴的なのは、丹下の仕事の中でも海外のものが紹介されている点にあると思う。丹下健三の足跡をまとめた藤森照信さんによる著書でもこの点にはほとんど触れられておらず、これからの分析や論述が期待されるところだろう。
中でもシンガポールでの超高層の経験が東京都庁舎の設計の糧になっているという内容は興味深くとらえられた。
8. 木下斉『まちで闘う方法論』
16歳から早稲田商店会による活動に参加し、これまでにオガールプロジェクトなど数多くの事業に携わる木下斉さんによる、地域活性化に関する様々な活動に取り組むための教科書のような本。
「地域活性化とは『稼ぐこと』」であると主張する著者の「まちで闘う」ための方法論が、思考・実践・技術の3つのフレームワークに添った形で構成されている。失敗も含めた様々な事例や関連図書についても触れられており、まさに教科書的に参照しながら使うのがいいのだろう。
9.梶丸岳 他編『フィールドノート古今東西』
フィールドノート古今東西(FENICS 100万人のフィールドワーカーシリーズ13)
- 作者: 梶丸岳,丹羽朋子,椎野若菜
- 出版社/メーカー: 古今書院
- 発売日: 2016/05/10
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民俗音楽から、西表島のカタツムリの生物進化、エチオピアのコロニアル住居まで、様々な分野の研究者・教員らが「フィールドノート」を語る一冊。著者はおおむね40歳前後が中心であり、どの内容も興味を惹く。
本書に収められたそれぞれのノートを見ると、当たり前とはいえ、研究の分野や対象、場所が異なればフィールドノートへの記録の仕方が異なってくることに気付かされる。それぞれの研究・研究者に、それぞれのノート(サイズ、方眼や罫線の有無、堅牢さなど)がある。
フィールドノートが人と人とを繋ぐ交流のきっかけになっているという、フィールドノートの「記録」だけではない側面にも気付かされる。
10.網野善彦『日本の歴史をよみなおす(全)』
日本の歴史をよみなおす(全)は網野による歴史書の2冊をまとめたもので、本書の舞台は「歴史の大きな転換」が起こったと考えられる南北朝動乱期、14世紀におかれている。
村(惣村)の多くは室町時代に出発点を持ち、村や町ができることで文字が普及し実用化したこと、この頃を境に商業、交易、金融のあり方が大きく変化し貨幣が本格的に流通するようになること、ケガレ(穢れ)に対する観念が変化してきたこと。そのような転換が14世紀頃に起こったという。
個人的には、被差別民の変遷について描いた章で触れられていた、鎌倉新仏教による非人救済の話を興味深く読んだ。特に『一遍聖絵』に描かれた人々や建物、街などが丁寧に読み解かれており、当時の様子が伝わるようだった。
後半では、「百姓=農民」ではなく、百姓の中には農業以外を生業として営む非農民が多数いるという話からスタートし、海と海上交通の重要性を説きながら、縄文から中世までの政治、土地、税、交易などについて、具体的な事例を挙げながら論じている。
11.犬伏武彦 他『長州大工が遺した社寺建築』
長州大工が遺した社寺建築―伊予・愛媛における足跡 (愛媛文化双書)
- 作者: 犬伏武彦,川口智
- 出版社/メーカー: 愛媛文化双書刊行会
- 発売日: 2011/09
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江戸時代後期から明治・大正にかけて、山口(長州)の周防大島(屋代島)から高知・愛媛に出稼ぎし、数々の社寺建築を手がけた人々がいた。通称「長州大工」と呼ばれる大工集団で、本書は長州大工の愛媛での足跡や仕事をまとめている。
長州大工はその彫刻に大きな特徴がある。私自身、愛媛のあるお寺を訪れたときにその細やかな彫刻に目を惹かれたのが、長州大工を知るきっかけであった。愛媛には長州大工の仕事として84件が確認されており、その内訳は、江戸時代39件、明治時代40件、大正時代5件。著名な人物としては、門井友祐、門井宗吉などが挙げられている。
それでは、なぜ長州大工は大工の様々な仕事の中で「彫刻」に特化したのか。著書の一人である川口氏は、宮大工の縄張り意識が強く、采配をとるためには誰にでも優劣の判断がつく彫刻の技に力を入れたのではないか、と考察している。
12~14.網野善彦『日本社会の歴史〈上〉』『〈中〉』『〈下〉』
網野善彦による、全三巻の日本通史。
上巻では列島の形成から9世紀(平安初期)までを描く。日本人・日本という国が東西で異なり多様だったことなどが記されている。
上巻のひとつのピークは日本という国の誕生までの話だろうか。701年の大宝律令の完成、その年に派遣された遣唐使により初めて「日本国」を名乗る。この大 宝令によりこの国家の支配下の地域が幾内・七道の行政区に分けられ、50戸1里を基礎としたこと、七道にそれぞれ幅十数mの計画された大道路が直線的に整 備されたこと、4里毎に駅家(うまや)が置かれたことなど、陸路が軍事的・政治的な道路として交通体系の基本にされた。
10世紀以降を描く中下巻で関心を持って読んだのは、海上交通路の重要性、日本社会の農民像の否定、東西日本の違い、といったところだろうか。
本書の中から覚えておきたい内容・観点の一つは、廻船人らの集中に伴う金融業者らの集住により、13世紀に津・泊が都市化したこと。それから明治になって交通体系の基本が陸上に置かれたことで、島嶼や半島が社会発展から取り残されるようになったこと。
もう一つは、日本社会を構成するほとんどが農民である、ということを否定しているところにある。そして、農業に従事していない事例も交えて”百姓=農民”ではないということが述べられている。
15.東京大学都市デザイン研究室 編『図説 都市空間の構想力』
- 作者: 東京大学都市デザイン研究室,西村幸夫,中島直人,永瀬節治,中島伸,野原卓,窪田亜矢,阿部大輔
- 出版社/メーカー: 学芸出版社
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日本の都市は「混沌」と形容されるが、その中にも都市空間の文法(ある種の法則)があるという。空間は意図を持って布置されており、「都市空間自体が構想力を持っている」。その文法・構想力を追求し、都市空間をより良い方向へ変える契機と可能性を見出そう…というのが本書である。
本書では日本全国各地の実例を挙げながらその「構想力」について論じられており、読み物としてもおもしろい。
例えば、吉原や横浜中華街が、周囲の街路のパターンと異なるグリッド・地割りが成されていることから、その結界性・異界性が現われていること。温泉街にも道後温泉や山代温泉のように中心を形成しているものと、外湯(共同浴場)の分散による「布石」型の構造を有するものがあること、など。
16.武満徹『音、沈黙と測りあえるほどに』
『音、沈黙と測りあえるほどに』という美しい響きのタイトルはここから来ているよう。
私はまず音を構築するという観念を捨てたい。私たちの生きている世界には沈黙と無限の音がある。私は自分の手でその音を刻んで苦しい一つの音を得たいと思う。そして、それは沈黙と測りあえるほどに強いものでなければならない(p.37)
私自身、ものを考えたり、つくったりする人間として、琴線に触れるものがあった。本書で繰り返し触れられる「音」というものを、例えば「建築」に置き換えるとどうか。つくること、表現することについて何かを突きつけられる感覚がする一冊だった。
私は共同の作業というものを愛する。私は、個々の内部的な仕事をかろんじるものではないが、それが自己完結に落入りがちであることを危惧するのだ
個性の共存と謂うことは、論理の上では成立しない矛盾である。私は共同の作業を試みることで、その矛盾を克服しようとするものではない。反って、激しい矛盾を体験することによって、真の存在を知ろうとするのである