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mezzanine

開発業者勤務(東京・仙台) → 四国松山へUターン。建築・都市・街・不動産・観光などに関するメモ。

アーキラボ

昨日予言したように、ジャン・プルーヴェ展に行きそびれた。だから代わりというわけではないのだが六本木ヒルズ森美術館の「アーキラボ」に行ってきた。1950年から現在まで50年の建築史の傾向のおさらいという感じの展覧会なんだけど、ボリュームと内容がすごい。一人黙々とおせち料理を食べているような感じ(?)。久々に興奮した。
人に聞いてはいたが、知らない建築家や建築が多くてショックを受けた。特に50年代とか古いものについてはほとんど知らなくて、でもそれらが現在見られるような実験的な建築と並べても遜色が無いように思った。逆に言えば、現在世に出ている建築はこれまた建築設計を行う誰もが口にすることだが過去の反復であるように思うし、どこか既視感がぬぐえないのも確かだ。たとえばここで展示されている伊東豊雄のゲント市のプロジェクトはかつてGAかなにかで初めて目にしたとき「新しいなぁオイ!」と思ったものだが、この展覧会を50年代から順に追って現代にたどり着いて目にしたら、あ、こんなもんか、と思ってしまった。
伊東さんは現代だけではなく歴史もちゃんとご存知なんでしょうな(少し話がずれるし反論があるだろうが、私は丹下健三山梨文化会館せんだいメディアテークが同じようなもんだと思っている)。

この展覧会の特徴として、時代ごとに都市的な観点からある括りが設けられていることが挙げられる。例えば50年代後半には「終わりなき都市―拡張する環境」とタイトルがあって空中都市などの都市が拡張するイメージのプロジェクトを紹介するといった具合だ。そういう括りごとに見ていると、80年代くらいまでは括りがそれなりに納得できるものなんだが、「現代」を一括りにする(ここでは現代は「新技術と共生の時代」とある)ことにやはりというべきか、苦しさを感じてしまう。へたに括らないほうが現代の解釈として正しいというか、まぁそう焦るなよと思う。
しかし知らないことばかりですごく勉強になったのは確かで、これから卒業設計も佳境に入る学部生は一度見ておくと模型とかプレゼンの参考にはなるかなと思った。

午後9時頃から見てたらいつの間にか閉館・終電を迎えてしまったので、ネットカフェに来てそこから更新しているわたし。