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開発業者勤務(東京・仙台) → 四国松山へUターン。建築・都市・街・不動産・観光などに関するメモ。

軽井沢の建築4

  • 万平ホテル(設計:久米権九郎、1936年)


明治発足の西洋式ホテルの草分け、万平ホテル。
万平ホテル内の資料館を覗くと万平ホテルの昔の図面やポスターなどが見られる。この中で"since 1894"とあるのを目にしたが、1894年はそれまでの旅籠「亀屋」を創業者の佐藤萬平が欧米風ホテルへと改装し「亀屋ホテル」として創業した年。それから移転などを経て、万平ホテルが現在の場所に建てられたのが1936年ということのようだ。けっこうくたびれているなあ、というのが万平ホテルの正直な感想だが、メインダイニングは圧巻。ここでランチを食す。
設計を担当した久米権九郎は久米設計(当時、久米建築事務所)創立者で、このホテルと日光金谷ホテルで名声を得ることとなったらしい。万平ホテルの棟梁、小林代造は三笠ホテルも手がけている。

  • 星野温泉 トンボの湯(設計:東利恵、2002年)


軽井沢の西、中軽井沢は軽井沢の発展と共に大正頃から別荘などの開発が進んだエリアで、ホテルブレストンコート、星のやなどのホテルや温泉などが散在している。その一つがこのトンボの湯。
軽井沢の温泉は刺激の強い草津温泉の「仕上げの湯」として親しまれてきたらしい。星野温泉は大正に開湯しているが、これを建替えたのが今日の「トンボの湯」。小さく控えめな建物は隣の「村民食堂」、奥にあるホテル「星のや」とともにグレーを基調としたシンプルなデザイン。パンフレットやサイン等のデザインも全体と調和していて、施主とデザイナーのこだわりを感じる。星野温泉のある中軽井沢の同じエリアには「千ヶ滝温泉」という温泉(とホテルなど)があり、星野温泉トンボの湯のライバルと位置づけられるだろうが、星のやのこれらのデザイン(ブランド)戦略は他者から客を誘引する大きな要因となったことだろう。特に、女性が多く訪れていた。
温泉内部も、目前に迫る山の緑、露天風呂の石の配置、浴槽のレベル差や水面の池とのつながりなど周囲の環境との関連や細かなところに配慮がなされたもので、内湯も窓を開け放つといい風が入り、とても気持ちが良い。温泉建築というと温泉街や古くは道後温泉本館のようにとかく派手なものになりがちだと思うが、そうした中で節度のあるデザインを選択したことは好印象だった。同じ設計者によるホテルは未見だが、これも温泉などを含めた全体のランドスケープと建築郡との調和を見せているに違いない。

  • セゾン現代美術館(設計:菊竹清訓、1981年)


星野温泉のある中軽井沢北から少し足を伸ばしたところにある現代美術館。イサム・ノグチらの彫刻のある庭の奥、山すその下に、山の傾斜をそのまま引き伸ばしてきたかのように立地している。
菊竹さんの建築としてはおとなしいものであるが、屋根の傾斜などの雰囲気はこの後に建てられる江戸東京博物館を思わせるものでもあった。現代美術館というと金沢や青森の美術館を見てからというもの、壁面など展示室に関心が向くようになったが、自然光や周囲の木々の並ぶ風景を取り入れた、天井の傾斜する展示室は思いの外に効果的であるように感じられた。
ここの企画展『現代美術の多様性 形・色・構造』は20世紀初期からの現代美術の変遷を追っている展示。ウォーホル、ステラ、ポロックなどの作品が並ぶ中、この美術館の目玉であろう、機械仕掛けで動くジャン・ティンゲリーの『地獄の首都No.1』(1984年)が面白い。その狂気的な見た目とは裏腹に、ドラムや銅鑼などを叩く滑稽な動きと音が印象的だった。

軽井沢の建築は以下にも紹介しています。
軽井沢の建築1,2 http://d.hatena.ne.jp/ida-10/20060916
軽井沢の建築3 http://d.hatena.ne.jp/ida-10/20070821