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mezzanine

開発業者勤務(東京・仙台) → 四国松山へUターン。建築・都市・街・不動産・観光などに関するメモ。

東中野 モカ・ハウスとSH-60を訪れる

久々に東中野で降りる。駅前、アトリエ・ワン設計のモカ・ハウスが周りの建物と同調している。

http://www.bow-wow.jp/profile/2000/moca/index2.html
敷地50㎡、建築面積わずか28㎡。隣地との隙間を少し広げ、その空間を階段としてデザインされている。2000年の建築である。
そういえばこの頃、建築家が都市をいかに読み、いかに使うか―とかいう感じの議論が妙に面白かった記憶がある。モカ・ハウスは、ミニ・ハウスとかアニ・ハウスとかとともに「都市の隙間」なんてのをはっきりと意識させてくれた建築のひとつだ。
…とここまで書いてみて、なんだか当時がすごく懐かしく思えてきた。今になって2000年以降を振り返ってみると、都市云々…と建築家が語るそのボキャブラリーがいつの間にか変化してきたように思う。地方に住んでいればまた感じ方は違うのだろうけど、東京近辺に住んでいると、不景気だと思っていたらいつの間にか2003年問題が浮上してきて、六本木ヒルズができて、不動産業が好景気に突入してって感じであれよあれよという間に、建築家の語る「都市」というのが、景観だとか都市だとかもっと大きな枠組みで語られるようになってきたような印象がある。もちろん建築の戦後の歴史を振り返ってみれば、建築の議論や建築それ自体は都市の変化と共に変わってきたわけで、その一ページを重ねているというわけだけど。

と、駅のホームに立ちつくし何だか感慨深いものに襲われてしまったのだが、東中野を訪れたのは他でもなく広瀬鎌二さんのSH-60(1962年)を訪れるためであった。広瀬さんのSHシリーズはSteel Houseの頭文字をとったもので、代表作といえるSH-1は増沢洵さんや池辺陽さんの住宅と共に1950年代の小住宅の先駆けといって相違ない。そのSHの60作目がSH-60というわけだが、SHシリーズの中で完全な形として残っている数少ない住宅である。

そういえば、かつて調査で広瀬さんのSHを4,5件見て回ったことがあるのだが(そしてそれらの全ては改築され、原型をとどめてはいなかったのだが)、それらの、平屋で鉄骨の特長を生かした開放的なつくりが印象的だった。SH-60はアクロバティックな構造や新宿側に向かって突き出す白いボックスの強烈さが特徴的であるが、それが外部に閉じてしまっているところに他のSHとの違いがみえるように思う。
とはいってもプランを見ると、ボックスで閉じた内部はその半分の(建築)面積がテラスなので完全に閉じているわけではないけれど、それこそがSH-60の建つ時代を表しているように思えた。外部を遮断して建つSH-60には、空を唯一の「自然」と捉えているかのような意図が感じられるのだが、そこに、70年代の住吉の長屋安藤忠雄)や中野本町の家(伊東豊雄)といった、都市を戦場として<ゲリラ戦>を挑む住宅の先駆けをみたような気がした(雑な議論)。
(ちなみに、ボックスの下の赤い屋根のガレージは宮脇壇さんの設計らしい)