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開発業者勤務(東京・仙台) → 四国松山へUターン。建築・都市・街・不動産・観光などに関するメモ。

伊藤若冲と光

東京国立博物館を訪れ、プライスコレクション「若冲と江戸絵画」展をみてきた。
人のごった返した展示室の様子を見て、何かブームのウラの大きな力の働きを感じてしまうのは私の病気のようなものだが、伊藤若冲の『鳥獣花木図屏風』は確かに良かった。この大きな屏風は絵を一枚一枚のパネルに分割し、一枚一枚に微妙な違い(点の大きさや色など)を描き分けることで色の濃淡を表現している。これを『桝目描き』というらしいく、原色で描かれた動物(想像上のものも含め)が鮮やかだった。
また、地味な作品ではあるが、『鶏図』などの水墨画からは、墨をにじませる技法など、ものや動物の濃淡の描き方に執着がみてとれるように思った。
さらに、若冲の絵には点描も見られ、例えば『山水図/池観了』を見て私はスーラの絵(例えば『アニエールの水浴』)を思い出したのだが、スーラのような新印象派が出てきたのは19世紀終わり頃であったはずだ。若冲が活躍したのが18世紀であることや、これら光や色の濃淡に着目したことによる(と思われる)技法が当時の江戸の絵画からすれば異色であったことを想像すると、若冲はその観察眼による執拗なリアリティのある絵画を残しただけではなく、現在でいう芸術家といって違いない非凡な才能を持っていた稀有な画家であったように思われた*1
江戸の絵画には広重とか北斎とか以外にあまり関心が無かったのだが、江戸絵画の世界も面白そうだ。

現在、国立博物館では久隅守景『夕顔棚納涼図屏風』も展示中である(〜8/20)。6/19のエントリid:surroundさんのコメントが気になっていたので見に行ったのだが、ちょうどこの上野の前に正岡子規の「子規庵」(@根岸)を訪れ、子規の最期の部屋(寝たきりだった部屋)の窓のすぐ外にヘチマの棚がつくられていたのを知り「日本人はあういう空間が好き」という言葉になるほどなあと思った。

*1:http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/060708.htm に似たような話があった。みんなそう思うだろうな。